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Taizo Son
孫泰蔵
1996年、東京大学在学時にYahoo!Japan立ち上げプロジェクトに参画することをきっかけに学生起業家としてインディゴを創業、その後様々なインターネット関連事業の立ち上げを行い、インターネットベンチャーの草分けとして活躍する。2002年、インターネットのブロードバンド化とともにデジタルコンテンツの世界へと事業領域を広げ、日本最大級のオンラインゲーム会社ガンホー・オンライン・エンターテイメントを創業し、2005年には株式市場への上場を果たした。その後も様々なベンチャーの創業や海外の企業との大型ジョイントベンチャーを十社以上成功させるなど、ある時は創業者、ある時は経営陣の一部として、一貫して新しいベンチャーの立ち上げに従事してきた。そのおかげで世界中の様々な起業家や事業会社、投資家とのネットワークを形成することができ、一年の半分は世界中を飛び回るライフスタイルを送っている。
そして2011年、「2030年までにアジアにシリコンバレーのようなベンチャー生態系をつくる」という志を立て、スタートアップベンチャーを育成する専門のスタートアップアクセラレーター、モビーダジャパンをスタート。今後は世界中の起業家やベンチャーを支援・育成することに人生を捧げ、ベンチャーが次の時代を切り拓き、人々のライフスタイルをリードするような社会を創っていきたいと考えている。
Shin Matsumura
松村慎一郎
三井物産、米国GE(General Electric)を経て、2001年より米国のプライベート・エクイティ投資ファンドH&Q Asia Pacificにて、インターネット、テクノロジー、メディア&エンターテイメント、コンシューマー分野向けの、ベンチャー投資およびバイアウト投資に従事。 10社以上の企業の立ち上げおよび経営に関わり、ACCESS、MTV Japan、GDH、Vibe等にてそれぞれExitに成功。
2007年より、ネットベンチャー企業の立ち上げ、インキュベーション活動を開始。 世界の舞台で活躍できるようなベンチャーを数多く作るためには、より強力なサポートネットワークが必要と痛感し、2009年にMovida Japanに参画、2010年より現職。
東アジア版シリコンバレーを創るための活動を続けながら、将来は世界中で3拠点を季節ごとに住み分ける生活を目指している。
あまり多趣味なほうではないが、プログレ、ジャズ/フュージョン等の一般受けしない音楽と、TVR、LOTUS、Alfa Romeo等、実用性のないマニアックな車が好み。
東京生まれ、ヨーロッパ育ち。
King's College London大学 理工学部 経営工学科 卒業。
Yoichi Kushima
九島洋一
電通グループで広報コンサルタント・危機管理コンサルタントとして様々な企業の課題の解決に23年間従事していたベテラン。新しいブランド展開を目論む企業や、傷ついたブランドを回復したいと願っている企業、日本へ上陸を果たした海外企業の新たなブランディング戦略や、吸収合併にともなう新しいイメージを構築したい企業など、持ち込まれる課題は様々で決して全く同じという案件はなかったと言う。というのもこの20年日本の企業とりまく環境の変化も激しく、日本の景気が良い悪いだけではなくアメリカ圏・ユーロ圏と世界レベルでの景気変動も数々あった。レピテーション・コンプライアンス・ガバナンス・会社法対応・リスクマネージメント等の企業経営として新たに取り組まなければならない変革も山ほどあった。新しい経営用語も増える一方だった。同じ課題でも周辺環境が違うだけでソリューションは180度違ってくる場合もある。その順列組み合わせは何通りになったのだろうかと彼は言う。
そういった経験の中、彼はこの5年間MOVIDAJAPANに所属している。ベンチャーのスタートアップ立上げを過去の経験からサポートしようと目論んでいるのだ。広報は攻めである。事業立上げの最初から広報・PRの知識があれば推進力をスピードアップ出来るはずだと信じている。大企業をはじめ兎角後回しになってしまう広報は、スタートアップを成功させるための重要なファクターだと彼は力説する。
日本でベンチャー立上げは不利だと言われて久しい。本当にそうであろうか。誰かが邪魔をしているだけなのではないか。日本国人口が一定だと仮定すれば味方が増えれば必然的に敵は減ることになる。すなわち味方を増やし邪魔をしている敵を減らせば水は流れ出す。
広報・PRは敵を減らし味方を増やす最高の武器だと彼は言うのであろう。
趣味はゴルフだ!と誰もが言う。全くのコテコテ旧世代ビジネスマンである。スコアを1打減らすために夜な夜な万力でクラブを捻り、トンカチで叩き、合理的な道具を造り込むことが命のようだ。それはそうだ。彼は練習が大嫌いだから道具で勝負するしかない。彼のゴルフはまるで鍛冶屋の如くと。
4輪も大好きとのこと。モータージャーナリストの実弟と併せのべ100台以上の4輪を乗り継いできたと本人は深く反省している。
出生は皇太子殿下の数時間後と聞く。生まれも育ちも東京・目黒で、どうやら秋刀魚を食べながら育ったようだ。
Toshiyuki Oma
尾間利幸
都市銀行を経て2003年当社グループに参画。
数々のベンチャー企業の立ち上げと経営に参画。
動画配信サイトのプロジェクトマネージャー等現業にも多数従事。
その中の1社である、ガンホー・オンライン・エンターテイメント株式会社のIPO実務を経験し、
寝ないでも何とかなることを実感。
日本企業・アジア企業へのM&Aや投資案件に従事。
2006年~2007年には、上海に駐在し中国企業のIPO責任者として赴任。
その後、中国企業への投資案件や投資先へのコンサル案件に従事し、中国企業への日本進出サポート等のコンサル案件も手掛けてきた。
国内企業の再生案件等のコンサル案件にもいくつか携わる。
趣味は、運転(大型1種)、マリンスポーツ(小型船舶1級+特殊)、飲酒等々・・・
FP1級も持ってはいる・・・
Kengo Ito
伊藤健吾
新卒で入社した会社は総合商社の三井物産。入社当初からエレクトロニクス・IT関連ビジネスに従事。
泥臭い営業からスタートし、PC関連パーツ(三洋製CD-RWドライブ)のビジネスでは顧客の製品評価のために泊り込みで付き合ったり、秋葉原の価格調査のために裏通りのお店に足しげく通ったりしたのは今もいい思い出。
新規ビジネスに携わることも多く、当時先行していた日本のモバイルコンテンツ(着メロやゲーム)を米国ベンチャー(その後上場したglu社)と提携して米国内で展開するビジネスの立ち上げや、まだ黎明期であった中国のTVメーカーの液晶テレビを米国のTV事業者に販売するビジネスの立ち上げなどに従事。
また、シリコンバレーの子会社出向時はちょうど.comバブル崩壊後のタイミングで、冷え込むベンチャー投資環境における資金調達の現場を体験。 その中でも新たな技術やアイデアを元に立ち上がる数多くのスタートアップを目撃し、ナノテクノロジーを利用した半導体製造技術のベンチャーに投資するといったことも経験してきた。
帰国後は三洋・シャープの液晶デバイスのビジネスを中心にディスプレイ技術のスタートアップ発掘などに従事。
自身が担当者として出資した動画検索技術を持つスタートアップ、メタキャスト社に取締役として出向。その後、スタートアップの事業にコミットするため、三井物産を退職して転籍、代表取締役に就任(2010年9月退任)。
日本含む東アジアにシリコンバレーのようなスタートアップが次々に生まれるエコシステムを作りたいという同じビジョンを持つ孫泰蔵と意気投合し、MOVIDAJAPANに2011年1月より参画し現在Seed Acceleration Programの責任者をつとめる。
株式会社イトケン代表取締役のほか、行列の出来るラーメン店のラーメンを冷凍パッケージし、ECで販売する宅麺.comを運営するグルメイノベー ション株式会社の顧問などをつとめる。
趣味と言えるほどはまっているものはないのは、よく言えば好奇心旺盛に何でも手を出し、悪く言えば飽きっぽいということかも。美味しい食事とお酒で会話を楽しむのが唯一の趣味とも言えるが、単に飲むのが好きなだけという話。
東京大学工学部卒、東京大学大学院卒(工学修士)
Kunihiko Kaji
加地邦彦
東京大学在学中に先輩の紹介でインディゴを立ち上げたばかりの孫泰蔵に出会う。気が付くと一人暮らしのワンルームで戦略会議が開かれるなどベンチャーの空気を肌で感じること事が出来ました。
卒業後(99年)はJ.P.Morgan に就職。部署初の日本人としてEquity Derivative Systemを担当。が、当時のITバブルに乗るべく自身でInvestoria株式会社を設立(2000年)。J.P.Morganにてコンサルタントとして勤務しつつ起業活動を行う。日経QUICK社や複数の証券会社と共同で開発を行いつつ、最終的にはソフトバンク社からの出資を受け、ネット証券と共同で証券取引に重点を置いた特化型携帯”株ケータイ”をリリース。
その後新たな分野への展開を目指してOMO株式会社を設立。大手携帯販売会社へのコンサルティング等の業務を行いつつ、Movidaに参画。新規サービスの企画・開発等の立ち上げを手伝っている。
趣味(もはや本業?)としてサイクルロードレースを行っており、普段はJapan Pro Tourの選手としても活動している。今年6月には全日本選手権に出場するも転倒し鎖骨骨折。折角の趣味なのでこれに貢献し、収益を産むべくライセンス事業・ヨーロッパ文化を研究中。
Hiromi Umezawa
梅沢ひろみ
慶応義塾大学卒業後、富士銀行(現:みずほ銀行)を経て、野村證券で主に投資銀行部門に勤務。国内・海外の事業会社等の株式・債券引受やIPO、また、民営化、不動産ファイナンスの業務に従事。世界最大級の石炭生産企業である神華能源(中国)の民営化及びIPO案件では、衛星携帯を持って内モンゴル自治区にある炭鉱に出張し、酸素ボンベをつけて地下数百メートルまで潜ったのは良い思い出。
その後、財務全般のコンサルティング及びサポートをすべく独立。泰蔵氏に薫陶を受けITベンチャーの世界へ。門外漢ですが頑張ります。
東京生まれで東京育ち。趣味は乗馬、旅行、料理、ワイン。
Hajime Kimura
木村紀
通産省(現経産省)が情報産業という新しい産業を定義したのが1980年代の初頭。
それにあわせて各商社が情報産業商権確保に乗り出したが、三菱商事の中でそのパイオニアの一人として情報産業ビジネスの開拓に従事。
電気通信事業法の公布にともない第二電電(現KDDI)の設立と事業支援を行う。テキサスの名も無いventureのデジタル交換機を発掘して同社に納入。大きな商権を作るとともに、その後、同社の株式上場で4-500億円のキャピタルゲインを得ることとなった。
Los Angeles駐在のあと本社に戻り、情報産業第一本部長とEコマース本部長を歴任。2000年頃の日本のECの黎明期に孫泰蔵ら社外のパートナーと組んで、Internet分野の新規サービス事業を合弁形態で立ち上げる。最初は当時最強のISPであったUUNetと組み、日本でのISP事業立ち上げを計ったがこれは事業立ち上げ前に挫折。その後、Data Stations (Shared server hosting事業)、e3net(EC platform事業)、Bewith(contact center事業)、Eupholink (business consultingとventure出資事業)、iFort(データセンター事業)などを立ち上げ、一部は売却したが3社はまだ営業中。
またSilicon ValleyのVenture投資も数多く行い、失敗も多かったがCommerceOneが大ヒット。5年前に定年退職と同時にMovidaに参画し、過去の経験を生かして新規事業の立ち上げを手伝っている。
そんな言葉のない時代の帰国子女でArgentina育ち。北中南米に合計25年滞在。他人の目にはLatinに映るらしいが、本当はれっきとした京都人。趣味はテニスと超下手なviolin(別名雑音発生器)。あとグルメと美味しいお酒が大好き。ネアカ人間で仕事は楽しくというのがモットー。Entrepreneurを目指す人たちと一緒にまたchallengeしたいですね







